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店長が商社勤務時代に海外各地へ出張で出かけた時に体験した面白い話や感じたことを
メルマガの中でご紹介しておりますが、まとめてここにアップいたしました。
面白い話もありますので、ごゆっくりお楽しみ下さい。(*^-^*)

これまでの「トムス店長の海外旅日記」 Part | 1 | 3 |

●2004年3月15日 配信 〜 ●2004年8月2日 配信 ( Part 2 )
●2004年3月15日 配信 「 万里の長城の石を盗んだのは??」 ●2004年3月22日 配信 「中国式宴会のなぞ??」
●2004年3月29日 配信 「すみません!! トイレの話です」 ●2004年4月5日 配信 「シベリヤにも春が来てるかな?」
●2004年4月12日 配信 「お出迎えはベンツでした !」 ●2004年4月19日 配信 「冬のソナタがブームですが・・・!」
●2004年4月26日 配信 「ソウルでバスを利用する時は!」 ●2004年5月10日 配信 「客室乗務員のサービス?」
●2004年5月17日 配信 「海外での自己管理について♪」 ●2004年5月24日 配信 「外国語を学ぶコツ♪」
●2004年5月31日 配信 「外国語を学ぶコツ♪(パート2)♪」 ●2004年6月7日 配信 「コペンハーゲンでのひととき」♪
●2004年6月14日 配信 「バンドンにて♪」 ●2004年6月21日 配信 「ワールドトレードセンター♪」
●2004年6月28日 配信 「財布は2個持ってくださいね♪」 ●2004年7月5日 配信 「ジャカルタでのひととき!♪」
●2004年7月12日 配信 「スワトウ刺繍と蚊取り線香♪」 ●2004年7月19日 配信 「ベトナムとホーチミン市♪」
●2004年7月26日 配信 「済州島での家族旅行♪」 ●2004年8月2日 配信 「一時帰国、やっぱり日本食だ♪」

●2004年8月2日 配信 「一時帰国、やっぱり日本食だ♪」
  先週から日本ばかりでなく、海外の日本人学校も夏休みに入ったようです。

当店にも、バンコク、ニューヨークに在住のお客さまから一時帰国の際にご実家の方で受け取るからと、
今年もご注文を頂戴しております。

最近は、海外の日本食レストランも日本の味に近い物を出す所が多いと聞きますが、高級ホテルの
日本食レストランは別として、街の中ではどこが違うとは言えないのですけど、ちょっと違うという所が
まだ多いように思います。

ソウルに駐在して1年ぐらい経った時に、本社からの出張者が帰国する時に残ったのでと言って、
日本のインスタントラーメン2袋を置いていきました。

いまや「ラーメン」と言うのは、世界的に通用する単語で韓国にも韓国製のラーメンはたくさんありましたが、
味が日本のラーメンと全然違います。


 家族4人、貰った2袋のインスタンラーメンを分け合って食べました。


  久しぶりの「ニッポンの味」  美味しかった!!! (*^-^*)

後日、家内が実家からの国際電話の時にその時のラーメンの話をしたようです。

実情を知らない家内の実家では、家族4人が2袋のラーメンを分け合って食べているとは、
ソウルでどんな暮らしをしているのだと心配したそうです(笑)

  夏休みを利用して、わが家族も日本への一時帰国をしました。

どうやら、その時のラーメンの話が印象に残っていたようで、ソウルへ帰って来る時には、
あれも持って行け、これも持って行けということで、家族3人が帰って来た時は、食料品だけで
総重量100キロを越えていました。

 空港へ家族の出迎え用であった社用車は、食料品で満杯になってしまい
 運転手の座るところもありません。

 仕方がないので家族4人はタクシーでアパートへ帰ることになりました。

 でも、苦労して持ち帰っただけのことはありました。

我が家では、当分の間、毎日、ニッポンの味を楽しむことができました(笑)

 やっぱり ニッポン人なんだ!! と 実感しました o(*^▽^*)o                 ▲Topへ



●2004年7月26日 配信 「済州島での家族旅行♪」
先週、済州島(チェジュド)で小泉首相と韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領と「日韓首脳会談」がありましたが、来年は日韓の国交が正常化して40年になるそうですが、最近の韓国ブームを見ていれば、近くて遠い国から、近くて近い国になっていくのは、長年、韓国にお世話になった者としては嬉しい限りです。

でも先日、韓国の観光広報大使として首相官邸を訪問した冬のソナタで人気の女優・崔志宇(チェ・ジウ)に 「私も今日チェジュから帰って来ました」と小泉首相が駄洒落を言ってましたね(*^-^*)

発音は似ていますが洒落にもならないちょと失礼なジョークなので、彼女が「何を言っているんだろう」と
キョトンとしていたのが印象でした。



済州島は、韓国では「東洋のハワイ」と呼ばれていて海外旅行が自由でなかった
昔は、韓国の若者にとって新婚旅行の時の行き先として憧れの地でした。

 ソウルに駐在していた時に、夏休みを利用して済州島へ行きました。

 家族旅行ですから、済州島の観光ときれいな海での海水浴が目的です。

済州島の西南に海を見下ろす岬の先端に建っている八角のドーム型の当時としては、ちょっと変わった建物で有名なホテルに泊まりました。

海に面した部屋のベランダからは、陸地をまったく見えずに東シナ海の海原を一望できるし、足元を見下ろせばエメラルドグリーンの海辺とホテル専用の白い砂浜が見える最高の立地条件のホテルでした。

楽しい数日が過ぎて、ソウルへ帰る前日に夕方から雨が降り始めました。

小降りだった雨が段々と強くなって、夜になったらベランダのガラス戸に音を立てて雨が突き当たるように降り出しました。

そのうちベランダのサッシの下から、雨が染み込んで部屋へ入り込み部屋の床は、足の踏み場が無いほどビショビショに濡れてしまいました。

フロントへ電話しても繋がらず、仕方がないのでフロントへ行くため廊下に出たら、ドーム型の天井のガラスがガタガタ音を出しています。

雨風の当たらない山側の部屋へ避難して、とにかく一夜を過ごしましたが次の日の朝のホテルの内部は、
ドームのガラスが割れてあっちこっちに水濡れがあって、とてもホテルの内部とは思えない状態でした。

ソウルへ帰ってから、泊まったホテルチェーンの総支配人にその話をした所、当時としては先進的な建築
構造を採用したつもりだったけど風雨に対する強度の面で問題あったようだとの説明でした。

  その後、改善されて今は問題ないとのことです。

済州島ハイヤット・リージェンシーホテルでの夏休みでした(*´∀`*)                 ▲Topへ



●2004年7月19日 配信 「ベトナムとホーチミン市♪」
先週末から京都に住んでいる息子夫婦がベトナムへ観光旅行に出かけました。
旅行中、愛犬のヨークシャーテリアの面倒を見てくれてと連れてきました。

旅程表を見せてハノイ→ニャチャン→ホーチミンを観光するとのことです。

 彼らの会話を聞いていて、ちょっと質問してみました。

 「ホーチミン」って、昔、サイゴンと呼んでいたことを知ってるか?

 二人とも知りませんでした。

 それでは、ホーチミンの名前の由来を知ってるか? 

 やはり、二人とも知りませんでした。

ホーチミンというのは、ベトナムの大統領だった「ホー・チ・ミン」に因んで付けた名前だと説明したら、
驚いていました。

参考までに、ちょっとご説明しますと

 ホー・チ・ミン。

ベトナム人ですが中国へ亡命していた時に「胡 志明」と名前を変えたそうです。
意味は「志 明らかなる異邦人」その頃から祖国ベトナムの統一を考えていたのかもしれません。

ベトナム戦争の時の北ベトナムの大統領でした。

1975年に南ベトナムの首都であったサイゴンが陥落してベトナム戦争が終わったのですが、
それ以来ホーチミン市と呼ばれるようになったのです。


 最近は、ベトナムを訪れる観光客は年間100万人以上とのことです。


息子夫婦の世代では、ベトナム戦争は、遠い昔の戦争なのかもしれません。         ▲Topへ



●2004年7月12日 配信 「スワトウ刺繍と蚊取り線香♪」
スワトウ刺繍のブラウスとかハンカチは、女性の方ならご存知と思います。

スワトウ刺繍は、中国の広東省の汕頭(Shan tou)で生まれた中国古来の刺繍技術にヨーロッパから
伝えられた西洋の刺繍技術が取り入れられた手刺繍として、上品で風雅な雰囲気を持っているので
世界的に有名な刺繍です。

ハンカチでも刺繍が入っている面積と量によりますが、安いもので数千円から東京の日本橋の百貨店では、
1枚3万円もするようなハンカチが売られています。


             (@_@)


パーティーなど公式の場所で淑女がアクセサリーとして手に持つハンカチです。


     --------------------------------


 スワトウへは、年2回、春と秋にハンカチの買付けに行ってました。 

 1年中、湿気が多くジトジトしていて、農村地帯の都市でしたが、 とにかく蚊が多いところでした。

 最近は、近代設備のホテルがありますが、トムスが行っていた頃は、外国人が行くような場所では
 ありませんでしたので、人民公社の宿泊所しかありませんでした。


 宿泊所にチェックイン(?)したら、まず、することは部屋の蚊退治です。


 窓を閉め切って、蚊取り線香を5、6本ぐらい一度に焚いて、部屋中を煙だらけにして蚊が全滅(?)
 するまで2時間ぐらい外で待機します。

    毎回、50〜60匹ぐらいが床に落ちています。

    この作業がスワトウ出張での最初の仕事です(´ヘ`;)

  
    2月にスワトウに行く出張がありました。


  毎度のことなので蚊取り線香を携帯しようとしたらありません。

 スーパーに買いに行ったのですが、冬なので陳列台には置いてません。
 
 店の人に頼んだら、奥の倉庫から「電気蚊取り器」を持って来てくれました。


      すみません!(*´∀`*)


  「糸巻き状に巻いた「蚊取り線香」はありませんか?」

 「電気蚊取り器の方が、お部屋が汚れないのでお勧めしますが・・・」

 「海外で使うので、糸巻き状の「蚊取り線香」の方がよいのですが」


    もう一度在庫を探してくれて、見つけてくれました。



 近頃は、環境も整備されて「蚊取り線香」は要らないと聞いておりますが、スワトウ刺繍は、
 大変な集中力と根気が要るですが、生活が豊かになり、便利になるにつれて、このような辛い
 仕事をする女性が減って、伝統の刺繍技術を伝承することが難しくなってきたと聞きました。

          寂しいことです!。                                 ▲Topへ



●2004年7月5日 配信 「ジャカルタでのひととき!♪」
最近なにかと話題になったいるジャカルタですが、ここには何度か行きました。

大阪からジャカルタへ行くには、夜出発して夜中に飛ぶミッドナイト直行便か昼間、香港かシンガポールで
乗り換えるフライトの2つのルートがあります。

直行便は、10時間で行けますが、夜間飛行なので睡眠不足になります。

多少時間は掛かりますが乗り換え地での、ウィンドウショッピングが楽しめる昼間のフライトを利用して
行ってました。


 インドネシアは国民の90%近くがイスラム教徒です。


ジャカルタの町では、朝早くからホテル近くの街頭スピーカーからコーランが流れ礼拝の呼びかけです。

目覚まし時計が無くても、コーランに無理やり起こされます(*^-^*)

日中も夜も祈りの時間があって、あっちこっちで礼拝が始まります。

お祈りは、イスラム教徒が守るべき五行のひとつだそうです。 


 仏教徒のトムスには、寝不足になるし 仕事は中断させられるし……


 いつもは勤勉に働く国民だと思うのですが、お祈りの時間だけは特別です。

  「アラーに祈ることが生活の中で一番大切なことで、仕事はその次ぎ。」

 戒律が厳しいイスラム教の中で、インドネシアはイスラム圏とは言ってもアルコールがいつでも自由に
 飲めるので助かります(*^-^*)  
 

 酔い覚ましのマンゴー、パパイヤ、これは美味しかったですヾ(@^▽^@)ノ           ▲Topへ



●2004年6月28日 配信 「財布は2個持ってくださいね♪」
先週、東京の田園調布駅で集団スリ事件があって、怪我人も出ましたね。

テレビ報道によれば、最近は、警戒心の薄い日本は、仕事がやり易いということで外国人による
犯罪が増えているようです。

彼らの手口は集団で行動して、被害者を外界から遮断して見えにくくしてスリや恐喝などの犯罪行為を7
しているとのことです。

以前、このメルマガでご案内しましたが、今回の話を聞いて、少しは参考になるかと思いましたので、
内容を抜粋してもう一度ご案内いたします。


海外に行かれる時は、ある程度のお金を持って行かれる方が多いと思います。

欧米人の場合は、トラベラーズ・チェック(旅行者用小切手)とクレジットカードで旅行をする人が多い
ですが、日本人はまだまだ懐に現金を入れて行く人が多いようです。 

 
トムスが初めて香港に出張した30数年前の話です。

駐在していた先輩に言われたことを、その後、海外へ出た時に守っています。

「小銭入れの財布」と「紙幣を入れる財布」と「財布を2つ」持つということです。


財布のひとつに小銭と少額紙幣を入れて、もうひとつの財布には、今回の旅行で持ってきた残りの
お金を入れておきます。

 街に出かける時は、小銭入れと小額紙幣を入れた財布を持って出かけます。

 全財産が入った財布は、ホテルのキャシュボックスに預けておきます。


 現地人と間違えるくらいに香港に同化していた先輩ですが、白昼の街中で、 強盗数人に
 取り囲まれた経験が何回かあるそうです。

 彼らの目的は金を盗ることなので、そのような時は持っている「財布」を 遠くへ放り投げて、
 彼らの気がそっちへ向いたスキを見て逃げるのだそうです。

 放り投げたのがコインなどが入っている「小銭入れ」では効果がありません。

 逆に暴行されて財布を盗られることになるので「財布」でなくてはダメです。

 だからその時に備えて「小銭入れの財布」を準備しておくとの理屈です。


 どこの国、どんな街でもあることなので、なんとなく説得力のあるアドバイス だったので、
 その後、海外ではいつも実行していました。

今回のスリの事件を見ていて、日本も治安の悪い国になったなあと思いました。       ▲Topへ



●2004年6月21日 配信 「ワールドトレードセンター♪」
先週、大阪の南港にあるワールドトレードセンターに行って来ました。

大阪湾を埋め立てた土地に、貿易振興の拠点として作った巨大ビルです。

高さ256mの西日本一高いビルですがハードだけ作って、上層階では携帯電話が使えないなど
ソフトが悪いので、テナントが減って最近は空室ばかりです。

日本各地に○○ワールドトレードセンターというのがありますが、その手本となったのが、
ニューヨークのマンハッタン島にあった世界貿易センターです。

ニューヨークの世界貿易センターは、実際は、7つのビルで構成されていてそのシンボルマークと
なっていたのがテロで破壊されたツインタワーです。


マンハッタン島は、オランダ人が先住民から、ガラス玉と交換して手に入れたという話を
ご存知の方もいらしゃると思います。

その時に、本国の首都の名を取ってニュー・アムステルダムと呼ばれましたがオランダからイギリスに
所有権が移った時に、イギリスのヨーク市の名前にちなんでニュー・ヨークと呼ばれるようになりました。


  ニューヨークには、2度ほど行ったことがあります。


摩天楼の街は、他の都市にはない雰囲気があり、ホテルの窓から見える景色は近くのビルの窓と
ビルの屋上にある空中庭園ばかりです。

 そして、道路を歩いていても、空が見えなかったという記憶があります。

 ツインタワーの最上階のレストランで食事をしました。

目の前を遮るビルがありませんので、マンハッタンを見渡すことができます。

下を見ると、道路を走っている車が、本当に豆つぶぐらいの大きささです。


400メートルの上空での食事は、慣れない人間には落ち着きませんでした。        ▲Topへ



●2004年6月14日 配信 「バンドンにて♪」
突然、バンドンと言われても、どこにある都市かすぐに分かる方は少ないと思います。

バンドンは、インドネシアのジャカルタから東南の方向へ約250kmの所にある1年中、温暖で快適な
気候の海抜700メートルの高原の都市です。

人口が1千万人とも言われているジャカルタと違って、人も少なく整然としていて街中に花が
あっちこっちに咲いていて、とても綺麗な街だっと記憶しています。

ここに紡績工場・縫製工場などのインドネシアの繊維産業が集中しています。

ジャカルタからバンドンへの移動は、飛行機を使う空路と、列車か自動車を使って向かう陸路のルートが
あります。

飛行機は、古い飛行機でよく故障するし、汽車は、時間通りに運行されることが少ないので、
バンドンに行く時は、毎回、自動車で4時間掛けて移動しました。


頼んでおいたボルボで早朝6時にホテルを出発して、ジャカルタの市内を抜けたら田舎道を100キロで
疾走するので、車の後ろからは白煙ならぬ褐色の土ほこりが舞い上がり路肩に避難している現地の人は
砂埃になってしまいそうですm(_ _)m

2時間ほど走って中間地点にある景色の良いロッジ風の山荘で朝食です。

それから、バナナ畑(?)が続く九十九折の山道を走ってバンドン入りです。


  バンドンという都市に滞在して、非常に印象深かったことは

 夜、街全体、そしてレストランの中がとても暗かったということです。

どこの都市へ行っても昼のように明るいネオンやお店のライトに慣れた人間には最初は、なんて暗い
ところだと思いましたが、人間、不思議なもので、少しずつ眼がなれてきて、暗い中でもそれなりに
見えて不便を感じなくなります。

 逆に長く居れば、落ち着いた雰囲気なってきて、気が休まってきます。

もしかしたら、昼も夜も明るくて夜昼の区別がつかない都会生活というのは

   自然の摂理に反しているのかもしれませんね(*^-^*)                 ▲Topへ



●2004年6月7日 配信 「コペンハーゲンでのひととき♪」
いつもの旅日記とは違って、今回は、ちょっと情緒あるタイトルでしょう(笑)

 たまには、「遊びの話」でも よろしいんじゃないでしょうか!(笑)

   旧ソ連の時代にモスクワで繊維製品の展示会がありました。
 
 月初に商品セレクションがあって、月末から商談を行うことになっていました。

 ところが、当時は、商業ビザで入国しても滞在2週間が最長期間です。

 商品セレクションから商談終了までとなれば、一ヶ月以上の滞在となるので

 一度、西側へ出て、再度、滞在2週間のビザを取得する必要があります。


 ビザ切り替えの西側の訪問地が、コペンハーゲンでしたヾ(@^▽^@)ノ


 コペンハーゲンでの仕事と言えば、現地の領事館へ行って、ビザ申請。

 商業ビザですので、本国照会案件となるので、数日後にまた来なさい。


    この間、数日間は、やることがありません ヽ(^ー^*)ノ


 コペンハーゲンと言えば、おとぎの国ような建物の街並みで有名ですが
 
    他のヨーロッパの街とは、ひと味違った雰囲気があって

  この街の散策はとても楽しかったことを、いまでも覚えています。


   もうひとつ有名なものがあるのをご存知でしょう??

 そうです、かの有名なアンデルセンの童話の『人魚姫』の銅像です。

 ベンツのタクシーを捕まえて 見に 行きました よ !!!

                   
 『人魚姫』の銅像は、小さいよ とは 聞いていましたが

     想像よりも とてちいさな銅像でした。  
              

 その上、像を建てたのは、どっかのビール会社の御曹司らしいけど

 背景となっている向こう岸には工場の煙突やクレーン・・・・
    

「世界三大がっかり」のひとつと不名誉なレッテルを貼られているらしいけど

うるうるメルヘンを求めてはるばる来たのに、がっかりしました<‘ヘ´> 


コペンハーゲンに来た記念に、家内にお土産をと思い宝石店に入りました。

  「何をお探しでしょうか?」

  「家内に金のネックレスを探しているのですが・・・」

   店員に言われました

「あなたは、金のネックレスは無理だから、銀のネックレスにしなさい」
 
   店員の言うとおりでした。

当時30歳前のトムスには、買える値段ではありませんでした(´ヘ`;)


  よく 「旅は道連れ」と言いますが、どんなに良い所へ行っても

    ひとり旅は、たのしくないですね(*´∀`*)                           ▲Topへ



●2004年5月31日 配信 「外国語を学ぶコツ♪(パート2)♪」
先週、外国語を学ぶ時のコツとして、トムスの経験から  (他の人も同じ事を言ってますが)(´ヘ`;)

  ●まず文字を勉強して

  ●間違えても良いから、羞恥心を捨てて、とにかく喋る。

  ●分からないのは当たり前、分かる人にその場で聞く。

  ●これを 何度も、何度も 繰り返す。

  ●これがコツと言えば、コツじゃないかと思います。

  と お話しましたが


 例えば、英語を例にとりますと


 まず、中学校の1年から3年までの英語の教科書を引っ張りだして

 大きな声を出しながら何度も、何度も読んで、全部暗記してください。

日常の英会話であれば、中学校の英語を暗記していれば十分に出来ると思います。

 後は、羞恥心を捨てて 実践あるのみです(笑)

 ある程度、会話ができるようになれば

 こんな時は どう言うんだろう?  

 どう表現したらよいのだろう?

 もっと英語らしい 上手い言い方がないだろうか?

 と思うようになります。
  
 その時には、違う教科書を引っ張り出して勉強すればよいと思います。


       がんばってください。!!


 トムスが韓国語を勉強していた時の失敗談をお話します(*´∀`*)

 いろいろな表現方法は、疑問を持った時に教科書を見れば分かります。


 でも、「ああー やっちゃたアー」とか、何かに驚いた時に

 韓国語で、どういう風に表現するのかなアー と疑問を持ちました。


 たまたま事務所で女子社員が、消しゴムを落とした時に声を出しました。

     「オモ! オモ! オモ!」

 なるほど、韓国人の場合は、そう言うのかと納得しました。


ある日、事務所の中で、同じような場面で、覚えたての言葉を使いました。

     「やっちゃったアー」を  

    「オモ! オモ! オモ!」 と

 そうしたら、即座に、韓国人の課長、二人から同時に言われました。

   「そんな 言葉をどこで覚えたのですか?」(`ε´)  

 それは、女性が使う言葉で、男が使う言葉ではありません(@_@)

     「オモ オモ オモ!」とは 

  日本語で言えば 「 あらー まアー!」 でした (´ヘ`;)                     ▲Topへ



●2004年5月24日 配信 「外国語を学ぶコツ♪」
先週、最近は冬のソナタブームで韓国語を覚えようとする人が増えましたけど、韓国語にも日本語と同じ
ように丁寧語、尊敬語がありますので、使う時は注意してくださいね。

 とお話しましたが、このメルマガを購読されている方から

「どんな点を注意したらよいか?」というメールを頂戴しました。

正直に言いまして、韓国語に限らず、英語でも何でも旅行者として外国語を使う時には、
特に注意する点はないと思います。

こちらは訪問客として、その国を訪れているわけですから自分のペースで好きなように
話したらよろしいかと思います。

但し、自分の言いたいことは、はっきりと話し、自分の意思を明確に相手に伝えるようにしてくださいね。


 オレの(私の)言ってることが分からないのは、相手が悪いぐらいの 気持ちで話してください(笑)


トムスの韓国とのご縁は、昭和48年(1973年)にソウルへ出張したのが最初で、昭和59年(1984年)
から4年間は、駐在員としてソウルで勤務しましたので、かれこれ30年以上になります(´ヘ`;)

外国へ旅行者や出張者として行った時は、所詮エトランゼ(異邦人)ですので、特に現地語というものは
必要ないと思います。

駐在、つまり居住することになれば、毎日の生活を維持するための生活物資は、現地人の中に入り込み、
現地ですべて調達、つまり買わなければなりません。

  そのためには現地語をある程度マスターする必要があります。

  赴任した次の日から、ソウル支店で週2回、朝8時から1時間、会社費用負担で韓国語の
  個人教授を2年間受けました。

  最初は、あのハングルという文字の勉強からスタートです。

 ある程度、読めるようになったら、大きな声で教科書を読まされました。

そして、習った、覚えた単語や構文を使って、即興で会話をさせられました。


     先生 曰く

   「赤ちゃんは、どうやって言葉を覚えますか?」
 
   「お母さんが話す言葉の音や口の動きを見て覚えるのです」

   
   「赤ちゃんは間違えても恥ずかしいと思いますか?」

   「あなたは、韓国語を知らないのだから間違えるのは当たり前です」 
  
 
  この先生の言うとおりです。


  外国語を学ぶ時は

  まず文字を勉強して

  間違えても良いから、羞恥心を捨てて、とにかく喋る。

  分からないのは当たり前、分かる人にその場で聞く。

  これを 何度も、何度も 繰り返す。


  これがコツと言えば、コツじゃないかと思います。

 ちょっと長くなりましたので、続きは次回にいたしますm(_ _)m                   ▲Topへ



●2004年5月10日 配信 「客室乗務員のサービス?」
連休の期間中に日本航空に勤務している大学時代の友人と会いました。

久しぶりなので美味しい酒を飲みました(笑)

その時に、最近は「客室乗務員」と呼んでるけど機内サービスをしてくれるスティワーデスとの体験談を
話したらゲラゲラ笑われてしまいました。

最近のフライトスケジュールは分かりませんが、昔は夏時間(4月−10月)の間だけ新潟ーハバロフスク
間に日本航空の就航便がありました。

夏の間は、利用客が多いので就航するのですが、冬になれば客が減るので採算上の問題で運行
しませんでした。

毎度のことで申し訳ありませんが、ナホトカの公団との商談の帰りの事です。

10月の最終就航便の機中でのお話です。

その時は、繊維だけでなく明太子などの買付けでナホトカ入りしていた商社の出張員など総員7名
だけがハバロフスクからの乗客でした。

新潟から飛んできた飛行機は100人ぐらい乗れる大型の旅客機でした。

 一応、席が書かれてある搭乗券を持って機内に入りましたが

「今日はお客さまが少ないので、お好きなところにお座り下さい」

 出迎えてくれた乗務員はマニアル通りの配置で十数名でした。

  客の数より乗務員の方が多かったのです(´ヘ`;)

 離陸して食事のサービスが始まりましたが、客が少ないので

 客ひとりに、スティワーデスひとりが専属のサービスです。

 横に座ってお酌はしてくれるは! 追加の飲み物が欲しいと云えば

   「はい」と言って、すぐに取って来てくれます。


  JALでも こんなサービスして くれんだあー!!

もしかしたら ここは 銀座か 北新地 ではないかと

   危うく 勘違いしそう! で し た。 (笑)                             ▲Topへ



●2004年4月26日 配信 「ソウルでバスを利用する時は!」
冬のソナタのシーンの中で、バス停以外のところでバスを止めるユジンの姿が時々出てきますが、
ソウルでバスに乗るにはコツが要ります(笑)

もちろん、ソウルでもバスの路線にはバス停はあります(笑)

郊外などで乗客の少ない地区では、日本のようにバス停に止まってくれますが乗降客の多い市内に
入りますと様相は一変してガラット変わります。

バス停で整列して待っていても、バスは止まってくれません(@_@)

待っているバスが来た時は、手を挙げるなどの意思表示をしなければ、バスは止まらず行ってしまうことも
しばしばです。

 止まってくれないときは

バスを走って追いかけて、車掌に手を引っ張って乗せてもらいます(ホント!)

降りる時も乗降客の多い市内のバス停では、バス停に止まってから降ろしてくれると思ったら大間違いで、
徐行状態のバスから飛び降りなければなりません。

モタモタしていると車掌に背中を押されて落とされることもあります(ホント!)

 何故このようなことになるのか真剣に考えて見ました(笑)

 ひとつのバス停に各路線のバスが、多い時には十数台が集中するので

 その辺一帯の道路50mぐらいが、全部バス停になります(笑)

明洞(ミョンドン:ソウルの繁華街)やソウル駅近くのバス停は戦場でした。

 乗客は、乗りたいバスを見つけたら走りよって乗せてもらいます。

乗せる方も停車してたら、後ろから来るバスの邪魔になるので徐行しながら客を降ろしたり、
乗せたりすることになるからじゃないですか???(笑)


地下鉄が整備された最近は、バス事情も相当に改善されたようですが・・・。

 ソウルを訪れた時は、地下鉄とタクシーの利用をお勧めします。                  ▲Topへ


  
●2004年4月19日 配信 「冬のソナタがブームですが・・・!」
テレビで「冬のソナタ」を放映するようになってから、韓国に興味を持つ人が増えたようで、ハングル講座の
本などは2倍の売れ行きだそうです。

ブームとは言え、お隣の国の言葉を勉強することは良いことだと思います。

でも、韓国語には日本語と同じように尊敬語、丁寧語、男性言葉、女性言葉がありますので、
勉強されようと思っている方は、がんばってくださいね(笑)

ソウルへ行った時は、南大門市場近くの馴染みの焼肉屋によく立ち寄ります。

味は良いけど、店は汚くて、日本で言えばガード下の焼き鳥屋という雰囲気で仕事帰りのサラリーマンが
焼酎を飲みながらワイワイやる店でした。

数年前に行った時に、店が綺麗になっているので、親父に聞きました。

「日本からのお客さんが増えて、儲けたので店を改築した」とのことです。

店内を見れば「ソウル○○」の雑誌を横において食べてる日本人が数人いました。

      食事が終わって外に出たら

 焼肉屋の親父に2人づれの若い女性が日本語で何か聞いていました。

  日本語が分からないので代わりに聞いてくれと頼まれました。

  話を聞いてみると

「南大門市場へ行きたいのだけど、道を教えて欲しい?」

  ということでした。

 歩いて5分も掛からないところが、南大門の市場街だけど

 夜の10時過ぎに、市場に入るのは・・・・ やめたら! と

   止めたのですが、

  「どうしても行きたい!!」

 仕方がないのでガイド兼ガードマンで市場を案内をしました。


 泊まっているホテルは、郊外の聞いたこともないホテルだったので

地下鉄の最終時間を気にしながら見て歩いてから近くの駅まで送りました。

それにしても、言葉も分からない、字も読めない、地理も分からない所で

  彼女らの行動には、ちょっと考えさせられました。(ーдー)                    ▲Topへ



●2004年4月12日 配信 「お出迎えはベンツでした !」
大手アパレルメーカーのシルクを使ったブランドの打ち合わせで上海に来ていた岸和田の3姉妹のひとり
として有名なデザイナーと上海で一緒だった時の話です。

20年近く前の上海は、現在の上海とは大違いで、租界地であった時代の姿をそのまま残している
古い、歴史を感じる街並みでした。

娯楽というのは皆無で、公司とその日の商談が終わったら、まっすぐホテルへ帰って、ホテルの食堂で
夕食をしたら、食後の運動を兼ねて近くを散歩してから寝るまでの時間、部屋でアルコールを飲んで時間を
つぶすというのが日課でした。

世界的に有名なデザイナーといえども例外ではありません。

トムスたちと同じ行動を取るしか時間をつぶす方法がありません(´ヘ`;)

彼女の部屋に集まって、アルコールを飲みながらの婦人服のデザイン論(?)を拝聴した事は、以前の
メルマガに書きましたので割愛します。

飲み会も終わりに近づいたころ、中華料理は小人数で食べても美味しくないので

   「明日の夕食は、みんなで一緒に食べましょうよ!」

       ということになりました。


ちょうど「上海カニ」の季節でしたので、上海カニをメイン注文しました。

   デザイナー女史は、上海カニを非常に気に入りまして

    「岸和田のおかーちゃんにも 食べさせたーい!!」

   と言い出しまして、日本に持って帰ることになりました。

 デザイナー女史は、仕事があるからということで上海から東京へ直行です。

大阪へ帰るアパレルメーカーのデザイナー氏が、可哀相に、まだ生きている 上海カニが入った
大きな箱を抱えて飛行機に乗ることになりました。


 税関検査も終わってデザイナー氏と一緒に空港ビルの外へ出たら真っ白いベンツが待っていました。

   デザイナー氏は、「上海カニ」を抱えてそのままベンツに乗って

     「岸和田のおかあちゃん」の所までお届けです。

         ご苦労なことです。(´ヘ`;)                              ▲Topへ



●2004年4月5日 配信 「シベリヤにも春が来てるかな?」
  「春がどこまできてるか?は、自然の色の変化で分かります」

最初の色は黄色(タンポポや菜の花)そして次は桃色(桃の花や桜の花)だとテレビで言ってました。

現在のロシア、昔の旧ソ連と商売をしていた時に3月と5月にシベリア大陸の最東端の都市である
ナホトカ市へ行った時の話です。

ナホトカという街は、北海道の小樽の対面にある極東の都市で日本海に面した数少ない「不凍港」です。

不凍港というのは極寒の冬でも港に氷が張らず1年中使える港ということです。


いつも泊まるホテルは「ホテル・ナホトカ」と言いまして一応五つ星のホテルということになっていますが、
このホテルの階段を使う時は「必ず下を見ながら上る・下りる」をしなければコケてしまいます(笑)

何故か?理解できない方がいらしゃると思いますのでご説明します。

階段というのは、高さ・幅が一定だから下を見なくても上がり・下りできるのです。

各段ごとに高さや幅が異なりますと、躓いたり、一段踏み外したりと大きな荷物を持ってるときなどは、
とても危険です。(´ヘ`;)


ちょっと前書きが長くなりましたが、ナホトカには空港がありませんので、ハバロフスクから列車に18時間
乗らなければなりません。

まったく何も無いシベリア大陸の最北東端を走る列車の旅です。

3月に行った時は、地平線までずーと雪で真っ白の大平原です。

そこは生物の息吹のかけらさえも聞けない「極寒の無音の世界」です。

5月の時は、融けた雪の間から水芭蕉が顔を出したり、雪解け水があっちこっちで小川となってサラサラと
流れていました。

芽を吹き出した白樺の木々と雑草の緑、その中に黄色の花の群生地があちらこちらに点在していました。


    実は、その黄色い花の群生は「タンポポ」だったのです。

    平原一帯を覆う絨毯のように黄金色の花を咲かせている

    タンポポの美しさをはじめて認識させてくれた空間でした。

    殺伐としたシベリア平原にも、やはり春は来るのですね!!                 ▲Topへ


 
●2004年3月29日 配信 「すみません!! トイレの話です」
最近は、日本のトイレ事情も大幅に改善されて、トイレはウォシュレット付きの洋式トイレですという
お宅が多いと思います。


このウォシュレット付きのトイレというのは使い慣れれば非常に快適な代物でトムスの朝の日課(?)には
欠かせぬものになっています(笑)


ウォシュレット付きのトイレを開発したのは、日本のメーカーなんですがNHKの「プロジェクトX」で紹介された
こともありますので開発までの苦労話をご存知の方もいらしゃるかと思います。


商品としては優れた商品だと思うのですが、開発した当初は海外に売り込もうと努力したそうですが、
なかなか思うようには売れなかったそうです。


売れるキッカケとなったのは、1998年2月の長野オリンピックの時に来日したマスメディアの人間が、
ホテルで使ってみて「こんな良い物があったのか」ということで評判になり、最近では海外でも広まり
つつあるそうです。



海外のホテルに宿泊して何回も経験した事ですが、便器が古いとか、便座が固定されてないというのは
良くある事なので慣れていますが、トイレットペーバーが紙やすりかと思うほど紙質が悪くて目が粗いことが
よくあります。


どこの国のことかは言いませんが、あまりにも酷いトイレットペーパーだったので、地元の人間に「どうやって
使うのか?」質問したことがあります。


国が違っても人が感じる事は同じで、そこの生活の中で知恵が働きます。


あのトイレペーパーを使うコツは、前の日に水に浸けてやわらかくしておいて、それを窓に貼り付けて乾かしておいたやつを使えば痛くありません。(´ヘ`;)


海外で高級ホテルに宿泊するのであれば、あまり心配することはないかもしれませんが、グレードの低い
ホテルとか、ちょっと田舎のホテルに泊る時は、


           是非とも


   「ティシュボックス」を、ひと箱持って行くことをお勧めします。

   なにしろ、日本のトイレの快適度は、世界最高水準です! (笑)                 ▲Topへ



●2004年3月22日 配信 「中国式宴会のなぞ??」
どこの国でも数日間に及ぶ商談の中で一度は相手側との「宴会」があります。

昼間は眉間にシワを寄せる厳しい商談をやっていても、夜になったら一緒に食事でもしながら親交を深めようということです。

お互い人間ですから酒が入りますと気分が和らぎ、昼間に聞けない話を聞くことができるのでアルコールが入ったからといってほろ酔い気分になって食事を楽しんでいてはいけません。 


     これも仕事のひとつです(笑)


中国の地方都市へ行けば今でもそうですが、夜の「宴会」は、ちょっと他の国・地域とは様相が違います。

食事が出て、アルコールが出てくるまでは同じなのですが、当方4,5人に対して客を迎えてくれる人数の多いこと、多いこと。

いつも商談している相手側の人数は4、5人のはずなのに通常14〜15人、多い時は20人ぐらいの人間が出迎えて「歓迎! 歓迎!」とやってくれます。


ひとりひとり紹介されるのですが、この方は、工場長、副工場長、○○部門の部門長ぐらいまでは理解できますが、この方は、この地域の警察署長、公安局の何々、消防の責任者、人民公社の管理責任者などなど。

宴が始まれば、本日の客人へのサービスとばかり酒のお酌攻勢です。


このお酌を受けなければ、俺の酒が飲めねえのか(`ε´)となりますのでにっこり笑って「謝々」(シェシェ)と言って「乾杯」です。

「乾杯」というのは、「杯を乾す」ということですから一機飲みで杯を空にして、残してはいけません。(´ヘ`;)

                 この乾杯が終わったら、あとは彼らの時間です。

          こんなの我々の歓迎を名目にした客不在の「地域の交流会」じゃないですか?   ▲Topへ



●2004年3月15日 配信 「万里の長城の石を盗んだのは??」
宇宙から見える唯一の人工物と言われる「万里の長城」へは2度ほど行ったことがあります。

現在のような自由経済になる前の中国では国営の公司(会社)制度があって北京には「総公司」と呼ばれる本社、大都市には「分公司」と呼ばれる支店、そして地方都市には「支公司」と呼ばれる事務所・営業所が
ありました。


直接の商売は、分公司や支公司とやっていても年に1回は、本社へご挨拶に行かねばなりません。


20数年前の北京は今ほど開放されておらず便利ではありませんが、やはり年配の日本人には何かと憧れの街であったようで、取引先の重役と一緒に行くことが度々ありました。


仕事はさておき、北京と言えば「故宮」と「万里の長城」です。


万里の長城は、東は東シナ海の山海関を起点とし、中国奥地の嘉峪関を西の終点とした全長約6700キロの城壁が連なった砦なのですが、北京の近郊では75キロ離れた郊外の八達嶺という所で観光をすることが
できます。


当時は今ほど観光業が普及しておりませんでしたので、「長城観光」となればホテルから前日頼んでおいた
タクシーに早朝6時に乗って、そしてこれも前日ホテルに予約しておいた弁当を持参しての観光でした。


朝もやの田舎道を2時間半、目的の八達嶺に着いたら夷(えびす)の世界へと通じる城門があって、そこが
長城への登り口となっています。

登り口から東西の山の頂きにある望楼までは各々約1キロほどですが、両方とも綺麗に整備されていて、
そこだけは往時の長城を偲ぶことができましたが、望楼を越えた先に行けば側壁は無残にも崩れて落ちて
いて長い歴史を感じさせました。



初めての「万里の長城」ですから記念品として石片を持ち帰りました(▼д▼)
(こんなことメルマガで発表して ええんかいな??(笑) )



当時、我が家では朝の目覚まし代わりにラジオをセットしていました。


  日本に帰ってきた次の日にラジオからの朝のニュースで

  「万里の長城から石を盗んだ輩がいて・・・・・」

というニュースが突然流れたので、ちょっと身に覚えがあるのでびっくりして目が覚めて、飛び起きました。


良く聞くと「人民公社の人間がブタ小屋を作るために長城の石を盗み出した」という内容のニュースでした
(´ヘ`;)


同行した取引先の重役にその話をしたら大笑いになりましたが、20数年の話で世界文化遺産に指定される前のことだから、この事、今はもう時効ですよね?
  

     ねえ! そうでしょう。  時効成立ですよね(笑)                        ▲Topへ

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